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ハンガリーという国へ行かせてもらう機会が数年前にあった。ハンガリーがどこにあるのか明確に答えられる日本人は少ないかもしれない。私もそんな一人だった。 そういう方のために↓ ハンガリー人はもともとアジアの民(フン族か?ゲルマン民族の大移動の原因の?)であり、日本に住む私達と同じ蒙古斑を持つそうだが、それを見てはいない。今では、移民や混血が進んでいるため、蒙古斑のないハンガリアンが多いとのことだ。訪問した時には、いわゆるヨーロッパ人と、そんなに区別ができなかった。だが、欧州の民には、やはり、混血でもハンガリー人はハンガリー人に見えるようだ。同行した友人がそう言っていた。 西洋から見た日本・中国・韓国・台湾の違いのようなモノか?しかし、蒙古斑があるなどと聞けば心の深いところから親近感が沸いてくる。人間とは不思議なものだ。 写真の中央の男性↑は、初対面の私に、グヤーシュ(ハンガリーのパプリカを入れたシチュー?)を料理コンテストだからおまえも手伝えといって、ほとんど私が作らされた。 結果、bQの味!との審査委員の評価(ジュリーが私のグヤーシュを試食↓)で、訳も分からず壇上で表彰をうけたのです。 歴史的には、多くの侵略の後ハンガリー王国を建国したこともあったが、第一次世界大戦で敗戦、第二次世界大戦も敗戦。ソビエト連邦に占領された。1980年代末になると、冷戦終結の機運とともに社会主義者労働党の一党独裁を放棄し、国名をハンガリー共和国として民主化が進められた。そして、ハンガリーは西側のオーストリアとの国境に設けられていた鉄条網「鉄のカーテン」を撤去し、国境を開放した。 これにより西ドイツへの亡命を求める東ドイツ市民がハンガリーに殺到、汎ヨーロッパ・ピクニックを引き起こした。 冷戦の終結=ベルリンの壁崩壊への過程は、ハンガリー人の自慢である。 そのピクニック先が、このバラトン湖。↓ バラトン湖畔のハンガリー伝統様式の家屋で数日を過ごした・・・。↓ 朝の鳥の鳴き声、湖畔を走る列車、毎日朝7時前間ら訪れる老人の釣り人・・・。 美しい景色。目の前にはバラトン湖。 私と同行したハンガリーの友は、ハンガリー人がユーモアーの本を書けば、一年に両手いっぱいの本になると言っていた。思わずうなずいた。彼とともにした数日間は楽しく、有意義だった。でもね・・・。ベンツの国は・・・1pの本だとも。それでも彼は、その国の血を引く親を持つハンガリー人だった。複雑である。 唯一意見の合わなかったのは、戦争の話。日本に投下された原爆は、戦争を早期に解決するために必要だったと・・・。そう言った。アメリカ人でもないのに。反論したが、平行線だった。 何よりも、日本人が忘れてしまったような、地域と自らの文化を大切にしている姿。暖かい人々、ギャグ好きの人々。 忘れられない日々。 各国の人が集まっていた。ワインセラーがありワインはグラスが空になるとでっかいスポイト で空中から注入される。 ↓シヅリエットという洞窟の中 いい国でした。なかでもベスレムは、田舎も残る温かいところ。 ベスプレムでの初宿です。↓ |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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ハンガリー…イイですね。 |
咲咲親父 2008/02/09 11:58 |
ポッキー |
ポッキー 2008/02/10 20:07 |
こんにちは。 |
ロックオヤジ 2008/02/11 09:56 |
ハンガリーって国なんか心が暖かそうですね。 |
BILLY 2008/02/11 15:59 |
ロック親父さんコメントありがとう。 |
ポッキー 2008/02/11 18:35 |
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